■日本の受験社会の変遷1

日本は確固たる学歴社会だと言われます。こういった観点に対しては、私たちの多くが同調するのではないでしょうか。恐らく私たちの多くがこの学歴社会の構造にどっぷり浸かったまま育てられてきました。従って外国人にそう指摘されるよりも、私たち日本人自身が誰よりもこの学歴社会の存在を痛感しているのではないでしょうか。
ではこの日本で学歴社会の風潮が強まったのはいつでしょうか。学歴社会の根幹を成すのが受験制度です。従って学歴社会の定着は、言い換えれば受験制度の社会での定着であると言えます。ここでは日本の現代の歴史について少し触れていきます。
日本では所謂高度経済成長期の頃から、よりよい進路を進むため、即ち高い収入を望むために、より高い学歴を身につけようとする風潮が広まったとされます。また当時の社会全体も強力なエリートを欲していました。つまり当時は大学進学率も低く、大学を卒業すればエリートとみなされる風潮がありました。そうしたエリートは、当然一般の者に比べて高い収入を得ることができました。従って多くの者がエリートになりたいがために大学入学を目指し、それにつれて大学受験競争が活発になっていきました。こうした激しい入学試験をめぐる競争を、さながら戦争にように激しいことから受験戦争と呼ぶようになりました。そこから、所謂進学校と呼ばれる、大学入試で学生が好結果をおさめている高等学校へ入学することがその後の大学受験に有利であるとの認識が生まれ、多くの学生がそうした進学校への入学を目指し、高校受験も激しくなっていきました。同じようにそうした難関の高等学校に入学するべく、難関の中学校を受験する学生も増え、これまた同じように難関の中学校に入学するために、難関の小学校を受験するものが増えて、しまいには一部の幼稚園まで入学のための競争が激化していき、このように次第に受験競争は低年齢化の様相を見せながら、過熱する一方となりました。
ここまで受験戦争が過熱した要因として、別の事情を挙げることもできます。所謂一貫校と呼ばれる、私立学校を中心に、入学すれば上級の学校へ進学する際に通常の入試を受けずに内部進学できる制度がありますが、その存在が多いことも受験競争を過熱させる原因だとも言われています。例えば毎年多くの卒業生が大学入試の際に名門の大学に合格している私立高校があったとして、その私立高校が中学、高校と一貫性になっていた場合、その高校に付属の中学校に合格してしまえば、その高校を受験する必要はないか、あったとしてもその中学校の卒業生にしてみれば難しくない試験であったりするので、事実上中学校に入学が決まったときその高校に入学できたも同じことです。そうすれば大学入試の際に有利なポジションに立つことができます。従ってその中学校受験が激しい競争となるのです。こうして受験戦争が更に激しく、更に低年齢化するシステムが自ずと出来上がっているのです。また受験の低年齢化の象徴として小学校受験、幼稚園受験に至っては明らかに本人の意志よりも両親の意志によって競争が行われている面が大きく、これを揶揄して「お受験」等と呼ばれることもあります。
こうした受験戦争の激化が、教育現場に様々な影響を及ぼしているのが現実です。これが成長期の子供の健全な学校生活や日常生活を圧迫し、悪影響を及ぼしていることには言を待ちません。

こうした現代の受験戦争の発生の原因を、子供たちの親の世代に求めることもできます。子供たちの親の世代の多くが日本の高度経済成長時代の下で成長した世代です。彼らはこの高度成長時代にエリートとそうでないグループ、つまり名門校を卒業してエリートとしての地位を築いて高給を得る者と、平均かそれ以下のレベルの教育しか受けられずエリートに使われる立場となり、決して高給を得ることの無い者とに社会が二分化されていくのを、つぶさに見てきました。彼らの大部分が後者のグループに属し、一方では日本の高度経済成長の担い手となり、それを体感しつつも、その陰で日本社会が持つ過酷な一面を身をもって体験してきたのです。そうした人たちは、自分の子供たちには自分と同じ苦労をさせまい、同じ悲哀を味あわせまいとして、子供の教育には惜しげもなくお金と労力をつぎ込みました。日本に受験戦争と呼ばれる激しい競争社会が出現し、子供たちがそれに晒されるようになったのも、いわば必然の結果だったわけです。

注目サイト

かわいいゴム風船