■日本の受験社会の変遷3

現在の日本は高度な市場システムで経済が成り立っています。言うまでも無くこの市場経済システムを成り立たせている根幹は競争です。市場経済体制では競争が常態で、競争に勝った者、敗れた者が出現するのはいわば当然で、勝者が生き残り、敗者が淘汰されるのも必定です。逆に言えばこの競争システムが健全に作用してはじめて、市場経済のシステムが正常に成り立つのです。
ある意味で、受験戦争もこの競争システムの反映だと言えなくもないかもしれません。多くの者が競争を経てより前へ、上へ進もうとすることで、社会全体が前を向き、発展していくのです。言い換えれば社会全体が競争を失えば、人々は前進をしなくなり、そうした社会はいずれ衰退していくでしょう。受験戦争もそのシステムの縮図だと考えれば、ある程度はその存在を容認するべきなのかもしれません。
ですが受験戦争という名前がついている以上、現状の受験はいわば戦争です。戦争の敗者には過酷な現実が待ち受けています。日本ではあまりに過酷な受験戦争が続いたために、受験に失敗した受験生には冷たい目線が向けられることも珍しくありません。まして現在の少子化社会において、子供たちが小さい頃から周囲より集めてきた期待は、並大抵の大きさではありません。言い換えれば、子供たちは周囲からの期待によって、大きなプレッシャーを背負っているのです。そんな状況下で受験に臨み、その結果失敗してしまった場合、受験生本人が受ける打撃は相当なもののはずです。それがまだ十代の青少年ならば尚更のことです。現状の受験制度には、受験に失敗した受験生の尊厳の回復が約束されないという欠点を内包してると言われ、それ故現状の受験制度は青少年の尊厳を傷つけるものであり好ましくないという批判が一部から挙がっています。ですがその一方で、受験は人間が社会に出るうえで避けて通れない通過儀礼であり、学力も勿論、競争や自制によって集中力や向上心、自立心等を鍛える効果もある、と受験に賛成する意見も多くあります。受験を巡っては、このように全く相反する意見が並立しており、現在も具体的な解決策は示されていません。現在世界を見渡してみると、上級学校で入学試験重視の学校制度を維持している国は、先進国では意外にも日本を含めて少数派となっています。よく日本では大学に入ることが困難で卒業が簡単、逆に外国の大学では入学は相対的に難しくないが卒業が困難だと言われます。日本の学校制度、受験戦争を含めた日本の教育事情はそうした現状と密接な関係があると言われています。
ちなみに日本の近隣で、現在経済発展を続ける韓国や中国でも、嘗ての日本が経験したのと同じような学歴社会、受験戦争が出現し、社会問題化しています。これらの国々でも日本と同じように教育の改革が語られていますが、果たしてどういった結論を出すのか注目されます。

日本では受験戦争の最も激しかった時代を経て、現在では受験戦争は沈静化の傾向が見られます。折しも少子化と学力低下とが相まって、現在では選り好みさえしなければ大学へ入学するのは極めて容易になっています。最近では、高度成長期に出現したような厳しい受験戦争は一部の難関校、或いは人気の集中する学部に限られてきています。

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